chirashi

エモーショナルな人生を

初めてのUber Eats #ちょうどいいお店

この土日は、久しぶりに何の予定もない週末だった。

といっても土曜日は、飼い猫(茶色いQのほう)のワクチン接種に行ったり、ヨドバシカメラに家電を見に行ったりしていた。まあ大した予定ではないし日付をずらす猶予もあったから、何もないに等しい。日曜は台風が直撃して、出かけられない懸念があったから。結局、台風は深夜に直撃して、日曜はすっかり台風一過だった。

そんな予定もやる気もない日曜は、京都でサービス開始したばかりのUber Eatsでランチを頼んだ。近所のカフェや定食屋のメニューを宅配してくれる。運んでくれるのは、その辺に住んでいるであろうふつうの人で、なんというか「知り合いがごはんを持ってきた」ような感じで面白かった。働く人は、隙間時間のアルバイトやちょっとした運動にもなるだろうし、お店側はスタッフを直接雇用しないからラクなんだろうななどと思った。

開始直後のわりに、お店の選択肢は、けっこうたくさんあった。わたしは、以前から気になっていたグローブマウンテンコーヒーのサンドイッチを頼み、夫は豚ゴリラの豚カツ弁当。夫婦ふたりで全く違う店から頼めるのも良い。やる気がないときに、家から一歩も出ずに食事ができるのは本当に助かるし、予算もサービスも「ちょうどいい」。これまではマックデリバリーに頼っていたけど、選択肢が増えるのは良いことだ。

サンフランシスコでは、UberよりもLyftのほうが優勢と聞くので、どうにかこのままサービスが継続してほしい。

ところで、Uber Eatsの袋がねこに大人気であった。八の顔、不機嫌そうに見えるけど、これはとても気に入っている状態。どうにかしてUber Eatsの看板猫としてCMなどに出れないものかな?




GLOBE MOUNTAIN COFFEE
〒604-8437 京都府京都市中京区西ノ京東中合町55
600円(平均)1,000円(ランチ平均)
r.gnavi.co.jp

#ちょうどいいお店

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東京旅行 2

2日目、土曜。同級生ふたりと約2年ぶりに再会。

結果4時間くらい、それぞれの変化や悩みを共有して話し続けてた。オンラインで知っていたことも、それでは見えないことも。実は、わたしは色々あって落ち込んでいたのだけれど、話すだけで元気になれた。学生時代に学んだことを活かせずに生きていると思っていたけれど、そうやって気兼ねなく話せる友だちができたことが最大の財産である。という話もその場でした。またつらいことがあったら会いに行こう。

写真はそんな親友と一緒に食べたランチ。表参道価格で、ふだん京都で食べる三倍くらいした。




夕方からはプロレス観戦。最近は夫の趣味で、家でもよくプロレスを見ている。日本のも見るし、アメリカのも見る。わたしはもともと知識ゼロだったけど、プライムビデオで観れる「有田と週刊プロレスと」のおかげで、楽しみ方が少し分かるようになった、つもり。

今回はWWEの日本公演。わたしは生での観戦は初めて。アメリカのプロレスは、スポーツ競技というよりエンターテイメント感が強くて良い。ハラハラドキドキというより、楽しみながら観れる。楽しみにしていた中邑真輔選手が負傷していたのは残念だけど、小芝居で出てきたので良かった。


夜は、浅草のホステルに泊まった。Nui. というところ。京都の河原町にも系列店がある。一階がおしゃれなバー。宿泊もバーの利用者も、外国人観光客が大半なので、多国籍な雰囲気で居心地がよい。京都でも行ったことがあるせいか、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなった(それが心地よい)。

ところで、ホステルなので大部屋が大半だけど、ここはダブルの部屋もある。今回はそこに夫と泊まったので、ふつうのホテルのような感覚だった。トイレとシャワーは共有だし、テレビや冷蔵庫はないが。ひとり4000円で格安なので大満足。

写真はプロレスTシャツを着てバーで休む著者。

3日目。ホテル近所のダンデライオンコーヒーで朝ごはん。雰囲気よさそうと思って立ち寄った。初めてきたけど見覚えがあるなと思ったら、伊勢で行ったことがあった。さらには京都にも支店があった…… 我ながら一貫した趣味である。

その後はアメ横をブラつき、サクッと京都へ戻った。

東京旅行以上です。

東京旅行 1

東京に行った。

初日は金曜だったので、有給を取って表参道巡り。ふだん仕事で来ることが多いので、ゆっくり見るのは久しぶり。

ここ数年で急にマイブームになった画家のヒグチユウコさん(特にねこの絵が好き)の、絵やグッズを扱う初の路面店ができたので見に行った。中は撮影禁止なので外だけ。きれいな青。絵を買うか悩みに悩んで我慢した。そのうちネットで買いそう…

梅雨明けをした東京は暑くて暑くて、近くのカフェキツネで休憩。これも会社から近い場所。いつも寄ろうと思いつつなんだかんだ時間がなく、やっと来れた。




夜は夫と寿司を食べた。青山の寿司なんて圧倒的大人感がすごい。まあ大人なんだけど。肝心の寿司は、仕事が丁寧すぎてアートかと思った。語彙力がなくてうまく表現ができない。

6度目の結婚記念日は、もうすっかり新婚感もなくなったけど、まだまだ2人で行ったことのない場所だらけである。

鮨孝

食べログ 鮨孝

夫とトレイルランニング

夫が100mileのレースを完走した。約160km。フルマラソン4回ぶん近い。走らないわたしには全く理解のできない長さ。しかも、アメリカのサンディエゴで。コースは砂漠や森ばかりで、昼間は40℃近く夜は急激に冷え込む。ほんとうに、わけがわからない。

4、5年ほど前から、夫はトレイルランニングに夢中である。わたしより9歳年上の夫は、出会ったころすでに30歳を超えていた。それまでもその当時も、運動なんて一切しない人だった。さらには長らく喫煙者だった。そんなひとが35才を超えたくらいで、突然、トレランを始めた。毎日のように走り続け、いつしか呼吸器をいたわることを優先して、煙草もやめた。

初めて出たトレランのレースは、2015年5月、比叡山だった。5月とは思えない暑さで、完走者も半分ほどだった(ような気がする)その大会で、夫はギリギリ最後の完走者になった。時間制限があって、少しでも超えると足切りされリタイヤとなってしまうのだ。でもなんとか、多くのボランティアスタッフに支えられながら、初参加で完走していた。わたしは、半ば諦めながらもゴールで帰りを待っていた。

その3日後から、わたしは抗がん剤治療をする予定だった。だから、なのかどうかは分からないけれど、ほんとうにギリギリで夫はゴールしたのであった。そこから約半年の間、わたしは抗がん剤の副作用と戦うことになったが、「命のためならつらくても耐えられる。でも自らつらいことをするなんて、まっぴらごめん」と思い続けていたし、いまもそう思う。過酷な挑戦をできる人は、ほんとうにすごい。

そして去年、夫はずっと憧れていたという100mileのレースに挑戦した。初めての海外レース。せっかくだし、というわけで、わたしも観光ついでに同行した。ふたりでロサンゼルスを観光した。レースの最中は、現地の日本人の方の心遣いで、いくつかのエイドステーションを回って応援した。が、残り30kmくらいのところで、時間オーバーとなってしまった。現地で合流した夫の友人は、2度目の完走をしていた。

今年は、同じレースに一人で行った。去年は一緒にいたわたしも、友人も、現地で支えてくれた日本人も、いない。ゴール後にLINEで通話をしたところ、膝がもうボロボロだったそうだ。でも、なんとか、雪辱を果たして完走したらしい。よかった。

初めてのレースのとき、夫は参加を辞めようかと考えたそうだ。がん治療を控える妻がいる状態で、自分は遊んでいるべきでないと思ったらしい。でも当時のわたしは、絶対に走るべきだと言った(正直なところ、記憶は曖昧だけれど)。理由はひとつで、もしわたしに何かあったとしても、悲しみすぎないように、没頭できる趣味があったほうが良いと思っていたのである。

それから3年が経って、わたしはすっかり元気になった。夫は変わらずトレランを生きがいとしている。正直なところ、ひとりでアメリカのレースに行くのは反対しようかとも思った。けれど、そんな3年前のことを思い出し、笑顔で送り出したのであった。こういうとき、わたしにできるのは、応援することくらいなものだ。まわりの人から、心配だと言われたり、不安じゃないの?とか聞かれるが、そんなの、心配で当たり前である。だからこそ、わたしだけは絶対に最後まで応援していないといけないと思っている。

さて、明日はバランスの取れた和食を作って帰りを待とう。

母の日

毎年、母の日はプレゼントを送るようにしている。花だったりお菓子だったり。結婚してからは、実母にも義母にもだいたい同じものを送っている。

社会人になってから、一度だけ何も送れないことがあった。わたしが乳がんを告知された直後で、母の日であることは認識していたが、端的にいえばそれどころではなかった。

母は、わたしの病気について誰よりショックを受けていたし、わたしは痛いほどそれがわかった。とはいえ、自分の治療に必死だったので、母親の感情についてまでは考えないようにしていたけれど。そこについては妹がケアしてくれたと思っている。

ふと思い返してみると、闘病中の最も過酷だった時期に、最も醜い(とわたし自身が思っている)姿を見せたのは母だけだったと思う。夫にもほとんど見せていたし、涙を見せたのは夫に対してだけだったが、闘病が始まってからはできる範囲で元気を装うようにしていた。白血球がもうほとんど少ない状況で、高熱でフラフラになりながらの通院は母とふたりだった。今となっては冷静に書けるが、つらい思い出に変わりはない。でも、きっと、死ぬときに思い返すであろう一つのできごとだとは思う。

その間、母は、わたしに対して絶対に悲しい顔もつらい顔も見せなかった。病気になったことを告げる一番最初の電話以降は、覚悟を決めていたのだと思う。なんとなく、わたしはこの人にそっくりだなと思った。

ところで、今年のプレゼントは祇園にある料亭、よねむらのクッキー。ミシュランを獲得しているらしい。店舗に買いに行ったところ、あまりに場違いで冷や汗をかいた。びっくりする値段だが、その分おいしい。特別なときに買うにはよい。

レストラン よねむら

ぐるなびレストラン よねむら

今週のお題「おかあさん」