chirashi

エモーショナルな人生を

「自分のため」が、いつか誰かのために

結局ブログを書くのは「自分のため」であって、誰かのためと思い始めた瞬間にうまくいかなくなるような気がしている。今日食べたものの記録も、本を読んだ感想も、社会に言いたいことも、自分の感情の整理なんだと思う。ちなみにわたしは、ヘルシオでグリルした手羽元とアボカドのサラダを食べ、ダウンタウンDXでコウテイを眺め、Quick Japanのかまいたち特集読んだ。急激に芸人にハマっている。

別に手帳で良いものを、広大なインターネットにつながるテキストエリアに書くのは、そのほうが思考を整理できるからだ。誰かに見られるわけでなくても、もしかすると「見られるかもしれない」からよそ行きの文章で書く。誰かに会うわけではないけど、近所のコンビニには服を着ていく。

結果的にそれが誰かのためになるかもしれない。ごく普通の人間の生活が、感情が、意見が、誰かを救うかもしれないし、社会を変えるかもしれない。