「元気にしてる? わたしは子どもを産んでね...」というLINEに、「乳がんで闘病しているよ」と返すのは勇気がいるものだった。この年齢で乳がんという衝撃もあるし、おめでたい話題に対して個人的でネガティブな話題を返すことを一瞬ためらった。
それでも正直に現状を伝えた。乳がんを告知されたこと、抗がん剤治療と手術をしたこと、経過は順調で、仕事は休んでいるけれど、いまは元気なこと。連絡をくれたのは、15歳のころに一緒に暮らしていた親友だから、なんとなく反応の想像がつく。たぶんきっとショックを受けるだろうけれど、きちんと伝えた方が良いと思った。
連絡が来たのは去年の年末のこと。あっという間に9か月が経ち、先日、その友だちが京都に来た。会うのは2年ぶりくらいだろうか。前に会ったのは、彼女の結婚のお祝いをしたときだった。今回は1歳になる息子がいた。
旦那さんのこと、子どものこと。家族のこと。同級生のこと。いまは育児のために休んでいる仕事のこと。5年前に震災があったこと。彼女は、東日本大震災で傷ついた一人だった。震災の直後、久しぶりに連絡をしたら、京都に来てくれたのをよく覚えている。
「同級生や福島の人に会うのをためらっていた」と、5年越しで聞いた。わかってる、わかっているから声をかけたのだ。お互い、5年かけて、あのときの感情を消化したのかもしれない。そんなことがあったから、いま、会いに来てくれたのかもしれない。
強がりで優しい彼女は、先に旦那さんと息子が帰ったあと、元気なわたしを見て涙ぐんでくれた。心配かけてごめん。ありがとう。一緒に住んだ1年のあと、ほとんど連絡を取らなかったのに、お互いに支えられているなんて、不思議なものだ。
これからは、自分の意思で、お互い幸せにならなくてはいけない。15歳のころは同じ選択をしていたはずなのに、わたしたちの人生はまったく違っていて面白い。